かつて修道士達が「昼の悪魔(daemon meridianus)」と恐れた霊的倦怠——"Acedia"
現代における“怠惰(Sloth)”の原型ともされるこの概念は、単なる怠けではなく、生きる意味・神・世界との接続が薄れていく、霊的な空洞を指す。
世界は崇高なのに、
自分だけがそこへ届かない。
それは、光の中に取り残されるような絶望である。
Acediaの浄化とは克服ではない。
それは赦しであると私は考える。
自らを赦し、
神を赦し、
存在そのものを受け入れること。
そのとき初めて人は、
愛を求める者ではなく、
愛を差し出す者となる。
これは踠きながら立ち上がる者ではない。
全てを赦そうと願った者の姿である。
[造形]
角度によって輝きを変える黒蝶貝の眼は、
Acediaの揺らぎを。
胸に宿る聖堂と曇った水晶は、
空洞となった内なる信仰を。
足から伸びる根と、片足を貫く水晶は、
宙に浮いたまま辛うじて立つ、心の不安定さを。
差し出された青薔薇は、
不可能を超える奇跡の象徴。
しかしそれは思惟手によって捧げられる——
わかっていてなお迷い、思惟してしまう、
人が人であるように。
<素材>
球体関節人形 石塑粘土、黒蝶貝(眼)、水晶
樹脂粘土、レジン(薔薇)
<サイズ>
h32cm、w16cm
※会期終了後の5月22日以降の発送となります。
※光源やモニターの画面による多少の色の違いはご考慮願います。